マネジメントから財政計画化へ

一九八〇年代に入って日本の財政は。一段ときびしい歳入欠陥状況におかれた。第二次臨時行政調査会の設置以降、内閣は次第に概算要求基準(シーリング)をきびしくし、マイナスーシーリングの時代を迎えた。経常部門ならびに投資部門別に、前年度予算に比較した減分率が要求官庁に示され、要求額を拘束した。もちろん、マイナスーシーリングとはいっても、防衛予算やODA(政府対外援助)予算は枠外とされたし、年度途中の補正予算には適用されない。ともあれ、この概算要求基準の設定は、緊縮予算を必要とする時代のカットバックーマネジメント(歳出削減)手法として活用されてきた。

しかし、この種の力ットバックーマネジメント手法は、予算減額の痛みを各省庁・利益集団が、等しく分け合う日本的手法の域を越えるものではない。しかも、マイナスーシーリングは、いかにきびしく設定されようとも、各省庁が減額分を前年度予算のどこからか捻出すれば問題は片づいてしまう。「根雪」ともなっている大部分の予算や事業は、ほんとうに必要なのか、事業効果がどのようなものであるかなどは、予算編成過程の焦点とはならない。極端なことをいえば、マイナスーシーリングを厳格にすればするほど、予算査定官庁からは、政策や事業評価についての責任が薄らぐ。

だからこそ、公共事業予算に端的にみるように、「根雪」部分の財源を求めてさまざまな会計操作が行われる。さらには所詮、事業効果の評価とは無縁であるからこそ、それを知る公共事業関係の族議員集団からは、マイナスーシーリングの撤廃を求める声が、「政治主導の予算編成」の名のもとに、沸き上がってくるのである。

きびしいスタグフレーションの時代に登場したアメリカのカータユ算の編成にZBB(ゼロベース予算)の導入を定めた。これは、予算会計上のもっとも下位の部局を基本として、意思決定単位(ユニット)を設定する。ユニットごとに、実施されている活動を続けるにしても資金の水準が下がり、事業存在の意味をなくす水準をゼロベースとしたうえで、これを廃止したばあい、一定の予算額を上乗せしていったばあいに、どのような効果が生まれるかを分析する。このような分析を繰り返すことで、既存の政策目的の妥当性や代替的活動をみいたそうとするものであった。

もちろん、PPBS自体は、事業評価をもとにして代替的活動を探し出そうとする予算改革は、一九六〇年代のPPBS(計画事業別予算)の試みを引き継ぐものであった。これは、政策の基本的目標を明確にし、その目標を産出指標として客観化し、目標達成に必要な事業の選択肢を費用・便益分析によってみつけるものだった。PPBSもまた全連邦政府予算への導入がいわれながらも、それに成功しなかった。