新築以上の中古住宅を

「本当に、きれいになって嬉しいですね。これで、孫たちが一生懸命練習して上達してくれれば何より」内田さんも満面の笑みだ。母から娘へ、そして孫へと、一台のピアノが受け継がれた瞬間だった。東京の渋谷から神奈川の中央林間までを結ぶ東急田園都市線。この沿線には、人気の住宅街が点在している。しかし、昭和三〇年代まで、このエリアはただの丘陵地帯だった。それを東急電鉄が次つぎと宅地を切り開き、お洒落な住宅街へと変えていったのである。その面積は、東京・山手線の内側にも匹敵するほどだ。東急電鉄が開発に乗り出したのは四〇年以上も前になる。昭和四〇年代頃は、二〇〇〇上二〇〇〇万円くらいで、一戸建ての建売住宅が販売された。

その田園都市線沿線の住宅街に変化の波が押し寄せている。それは、住民の高齢化だ。三〇代で新しい町に引っ越してきた人たちも、今や七〇代。子供たちも一人立ちして、老夫婦だけの二人暮しが目立ち始めた。住宅も古びてきている。実際、一戸建てを売って、都心のマンションや田舎に移り住みたいというニーズも増えてきた。こうした変化に対応しようと、東急電鉄が二〇〇四年に立ち上げたのが、中古住宅再生事業の「アーラーイエ」である。古い家を責任を持ってリフォームし、仲介販売するのだ。「アーラーイエ」では既に二〇軒以上の物件を手掛けている。この事業の狙いを語るのは、プロジェクトリーダーの呉東建さんだ。

「単純に家をリフォームして売ると考えている訳じゃなくて、ベースには沿線の価値をいかに維持し、上げていくかということがあります。住みやすい町にするには、どうすればいいのか。そのメニューの一つとしてリフォームがある。沿線の価値が上がれば、回りまわって私どもにも還元されるでしょうから」呉さんは横浜市青葉区のある家に向かった。築二四年、敷地五九坪、建坪三三坪の家を再生させるためだ。家には、以前に住んでいた夫婦が、見納めに訪れていた。奥さんの足が悪くなって、玄関への階段の上り下りがきつくなったため、手放したのだった。

「引っ越してきた時は嬉しかった。周りの環境も良かったし、楽しく生活させていただきました」と、ご主人は感慨深げに話した。横で、奥さんがお気に入りだった天窓を指差して「これが明るくていいのよ」と懐かしげに天井を見上げている。この家をどう生まれ変わらせるのか。そのコンセプトを考えるのが、プランナーの市川岳志さんである。市川さんは、若い人をイメージして、リフォームのプランを練る。「スタイリッシュ・モダンというテーマを組んでいます。一階は部屋全体が一つのLDKという形。きっとこの一階部分がサプライズになると思う」中古住宅というイメージを払拭するには、見に来た人があっと驚くポイント、つまりサプライズが必要になる。

市川さんは、リフォームを請け負う業者にスタイリッシューモダンというテーマを示して、いくつかのプランと見積もりを出してもらった。広々とした一階のリビング。そこの床材には何を使うか。天井は何色にするのか。市川さんは、どんどん決めていく。壁紙選びで、市川さんが用いようとしたのは、表面にデコボコ模様のあるチャコールグレーのものだった。スタッフから「なんか居酒屋さんぽい」と異論が挟まれたが、市川さんは「これぐらい大胆にしないと、変化がつかなくて、見に来た人ががっかりしちゃう」とサプライズ感を重視した。