ハンガリーのスローワイン

なぜダミングーダウンの傾向が起こっているのだろうか。その理由は読者や視聴者のほうではなく、むしろメディア側か変化しているからである。最近では視聴者を大量に増やし、また彼ら向けの広告を集めることが、ますます困難になっている。というのは、お互いの競争が激化している一方で、読者や視聴者が、情報や娯楽を見出す方法は増えているからである。

そこでメディアは現在の読者や視聴者を維持しながら、さらに数を拡大するために、時間を割いて新聞を読む人や、番組を見る人たちを見つける必要があり、どうしてもダミングーダウンを進めなければならないのだ。それに伴って別の傾向が生じている。つまり一部のメディアは、特定の読者や視聴者向けに、差別化された商品を提供することによって、特化していることである。教育水準が向上したお陰で、高水準の洗練された出版物が、以前にも増して広い読者層をつかんでいるのだ。その実例が、ヘイーフェスティバルそのものであり、八万人もの訪問客を集めたことが、それを雄弁に物語っている。このような人たちを引きつけるためには、ことさらダミングーダウンを進めるのではなく、人を向上させることこそ必要なのである。

二十年前、イタリアの一部のフードープロデューサーが、「スローフード運動」というすばらしいキャンペーンーグループを立ち上げた。その目的は、マクドナルドのハンバーガーと、その有名な「金のアーチ」に象徴されるファストフードの広がりに対し、反対運動を展開することにあった。

この運動を始めたイタリア人たちは、高品質で純粋な、しかも丹念に栽培された食材をもとに、根気よく調理され、さらに美しく盛り付けられた料理を愛することを、人に勧めたのである。それは、まさしく極上の日本料理のようである。その一部の運動家が、マクドナルドの店の窓ガラスに、煉瓦を投げつけて関心を呼んだが、むしろスローフード運動は、市町村に地元賛同者のグループを結成し、最初はイタリア全土で、次はヨーロッパ全体に、さらに地球規模へと、地道に展開されたのである。

二〇〇四年より、その運動の日本支部は仙台を拠点とし、それを支えるグループを、国内の主要都市に置いている。私か、このスローフード運動を想起したのは、二〇〇七年、ヨーロッパの中心部であるハンガリーを、約二十五年前に東京で知り合った友人だちと訪れたときのことだ。この旅行の主催者はカナダ人だが、彼はハンガリーで生まれている。一九五六年、ロシアの傀儡政権に対して起きた人民蜂起にソ連が残酷な弾圧を加えた際、彼の両親は同国から逃げたのだった。