マザーズ上場第一号

光通信で代理店を担当していた元社員から私のもとに手紙が届いた。光帝国の崩壊まであとわずかと表記した手紙の内容を抜粋すると、役員以上には重要警備と称してSPがつけられた。社員は社外に出る時は、必ず社単を外し、光通信の社員であることを悟られないようにしている。

一、マネージャー以下の人間は光通信の直轄の関東の代理店に強制的に出向させられている。出向を断れば解雇だが、出向、代理店への転籍、自主退職という名前の解雇で、四百人以上がリストラされた。

一、どの代理店も店頭公開を目指してやってきた。全部、「握り」で光通信に踊らされてきたが、まだ上場できると思っている経営者がわずかだがいる。だが、ヒカリの代理店はもう上場できないだろう。

一、全ての代理店がっぶれても大丈夫、と重田は胸の内で思っている。光通信は社名を変えてゴキブリのようにひっそりと息を潜めて、次の繁殖の時を待つことになる。光通信の元社員は手紙の最後をこうしめくくっている。

「株式のインサイダー取引の疑惑を解明するためにも光通信と全代理店の内部捜査が必要だ」

二〇〇〇年一月末、東京千代田区内幸町の帝国ホテルで「リキッドオーディオージャパン」のマザーズ上場記念パーティーが開かれた。パーティーには。CMの女王藤原紀香を始め、小室哲哉、SPEED、モーニング娘鈴木あみ浜崎あゆみなど芸能界の人気タレントが多数顔を見せ、彩りを添えた。

場違いな人物の姿が参列者の目を引いた。開会直前になって、リムジンがホテルの玄関に横づけされると、杖をついた初老の紳士が降り立った。出迎えたのは、いかにも。その筋とわかる人相風体の若い衆たちだ。「ごくろうさまです……」腰を九十度に折って、彼ら独特の挨拶が交わされた。軽く頷いた初老の紳士は、目つきが鋭い若い衆に取り囲まれて、悠然とパーティー会場へと足を運んだ。異様な集団の登場で、華やいだ会場の空気は一瞬凍りついた。

IT(情報技術)ブームが持つ闇の部分を浮き彫りにする光景だった。九九年十二月二十二日、東京証券取引所ベンチャー企業市場「マザーズ」が開設された。上場第一号を果たしたのが、リキッドオーディオージャパン(以下、リキッド社)である。リキッド社の設立は九八年七月。インターネットによる音楽配信システムの草分けといわれる米国のリキッドオーディオーインク(カリフォルニア州)とライセンス契約を結び、その配信システムの日本での販売を事業目的としている。九九年十二月中間期の売上高は三十三万三千円。一部上場企業の管理職の1ヵ月分の給料にも満たない。